Artesoro Classica

岡山には、昔、禁酒会館の一階に「アンダンテ」というクラシック音楽レコード店があった。
私の叔父は、岡山市民会館でコンサートがあると、その行きか帰りに立ち寄って、レコードを物色していたらしい。1991年に岡山シンフォニー・ホール(以下、シンフォニー・ホール)が落成した後も営業を続け、コンサート終了後の感動の残滓を求めるお客さんの良き受け皿になっていた。ただ、この店は10年以上前に廃業していて、今はその場所はカレー屋さんだかカフェだかになっている。

シンフォニー・ホールが出来たとき、その一階にチェーン展開している音楽メディア店の「新星堂」が一階に店を構えていた。コンサートでのホールの開場時間までの暇つぶしには、クラシック音楽好きにとってアンダンテと並ぶうってつけの場所であった。他にCD屋がないわけではなかったのだが、クラシック音楽の売り場にその面積を割いているCD屋さんは、ここが一番だった。その売り場面積を2010年7月中旬の店舗撤退まで守り抜いた人が、現在「アルテゾーロ・クラシカ」の店主をやっている。

アルテゾーロ・クラシカのアルテゾーロとは、「芸術」と「宝物」という言葉のイタリア語をくっつけた店主の造語で、店主本人はとても気に入っているらしく、スタンプ・カードに押すスタンプを最近「藝寶」という文字にしたらしい。ただ、ゴム印なので、文字がつぶれて見えない。
場所は、シンフォニー・ホールの表町商店街筋から、路面電車城下駅を左手に睨みながら横断歩道を渡り、それを渡り終えた後も同じ方向でひたすらまっすぐ進んだところに、右手にある。
その店舗の広さは、かつてのアンダンテよりもちょっと狭く、レトロ感もない。そんな店だから、置いてあるCDも決して多いとは言えないはずなのだが、店主の簡にして要を得た品揃えゆえに、あまりストックの少なさを感じさせないのが不思議なところ。店の構えはガラス張りなのだが、貼ってあるチラシが客の視線除けになっている。このチラシは、演奏するお客さん(プロ・アマ問わず)が、自分たちの企画公演の宣伝にと貼ってあるもので、穴場的なコンサート情報を知る上ではこの上ない情報源となっている。店主にコンサート情報の話を振れば、喜々としてその情報を教えてくれるだろう。店主はお客さんと話すのが好きだ。

アルテゾーロ・クラシカは、岡山のクラシック音楽愛好家の憩いの場の様相を呈しているが、クラシック音楽に詳しくなければ入れない伏魔殿ではない。店主は「激しい曲が欲しい」とか「アンニュイな感じのものない?」とか、お客さんが曖昧な情報を提示しても、お客さんの要望に合致する商品を一生懸命に絞り込んでくれる。誰にも訊けそうにないビギナーな質問にも丁寧に答えてくれる。通って色々訊いてみると、知らないうちに物知りになっているのである。なんにせよ、楽しい買い物が出来る。

この間、マヌエル・パラウというスペインの作曲家の協奏曲集のCDを、アルテゾーロ・クラシカで買った。バレンシア音楽学会というレーベルのCDで、《東方の協奏曲》というギター協奏曲と《劇的な協奏曲》というピアノ協奏曲が入っている。CD屋さんの店頭に並んでいるのを見たこともなく、他のCD屋さんや通信販売のサイトに問い合わせてみても、「知らん」「廃盤だ」「入荷の目途が立たない」と、入手の望みを絶たれてきたものである。そこで最後の一手として、アルテゾーロ・クラシカの店主に頼んでみると、「ディストリビューターサラバンドさんなので、ダメもとで発注かけてみましょう!」ということになった。半年くらい待って入手できたが、これはサラバンド社とアルテゾーロ・クラシカの店主の粘り腰で手に入れさせてもらったようなものである。入手した時には、私と店主で大いに喜んだ。本稿では、このCDについて語る余力はないが、次回には書くつもりでいる。