マリー・シューブレのデビューCD

マリー・シューブレ(Marie Scheublé, 1974-)は、フランスのヴァイオリニスト。ジェラール・プーレの弟子で、1992年にパリで開催されたメニューイン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝している。イェフディ・メニューインの秘蔵っ子らしい。尤も、メニューインの秘蔵っ子といわれた人はナイジェル・ケネディ、ダニエル・ホープやレイ・チェンと、多士済々だ。メニューインの秘蔵っ子という触れ込みでだけで名を売るには、そういった名だたる人材を蹴散らしていかなければならない。

そんなシューブレのデビューCDが、このドミトリー・ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich, 1906-1975)のヴァイオリン協奏曲No.1&2のアルバムだ。伴奏はアメリカ人指揮者のジェームズ・デプリースト(James DePriest, 1936-2013)が振るモンテカルロフィルハーモニー管弦楽団で、1995年7月にモンテカルロのコングレス・オーディトリアムで録音されたものである。

大概のヴァイオリニストのデビューCDは、伴奏ピアニストを雇ってコンセプチュアルな小品集か、有名どころのヴァイオリン・ソナタを詰め合わせて売れるかどうか様子を見る。一般受けが良く、売れればオーケストラをバックに協奏曲の録音ができ、ドル箱的なタレントと見做されれば、自分で企画を立ててCDも作れる。
以上のようなプロセスを踏むのが一般的なのだが、シューブレの場合は、最初からオーケストラ伴奏の協奏曲、しかもベテランの奏者でも尻込みする重量級の作品を録音している。これはレコード会社としては破格の待遇で、レースで言えばいきなりジェット噴射でスタートを切ったようなものだ。

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲2曲について、本場ロシア勢の演奏、特にダヴィッド・オイストラフの演奏で満足している人には、それで満足している限り、シューブレの演奏を買い足すべきだとは言わない。むしろ、この2曲を網羅的に集めないとどうにかなってしまう人や、「ハタチそこらのお嬢さんがショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲に挑む」という事実をネタとして面白がる人が、このCDを買うはずだ。

で、演奏の出来はどうか。
これがなかなか善戦しているのである。いや、セルゲイ・プロコフィエフやドミトリー・カバレフスキーのヴァイオリン協奏曲の方がお似合いの芸風ではある。しかし、レオニード・コーガン程ではないにせよ、鞭のように撓るヴァイオリンの音色を駆使して伴奏オーケストラの猛攻を凌ぎ切り、軟ではない演奏家としての肝っ玉を印象付けることに成功している。また、オイストラフのような往年のロシア勢とその後継世代とは違った味わいも持っている。ショスタコーヴィチのこれらの曲が成立した頃の重積的な鬱屈感が薄められ、むしろヴァイオリン独奏の行く手を阻む壁としてのオーケストラとの渡り合いを楽しむようなところがある。深刻ぶることなく素直であることで、往年のロシア勢の演奏で刷り込まれてきたこの曲についての重苦しいイメージが少し和らぐ。シューブレのアプローチでカロル・シマノフスキのヴァイオリン協奏曲2曲を聴いてみたい。