フィリップス・レーベルのグロリア・シリーズからのハイドン協奏曲集

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ハイドン トランペット協奏曲、ピアノ協奏曲
EAN:4988011119682

日本に於けるデジパック仕様CDのハシリである、フィリップス・レーベルのグロリア・シリーズからの1枚。フランツ・ヨーゼフ・ハイドンのトランペット協奏曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲をそれぞれ1曲ずつチョイスして詰め合わせたアルバム。トランペット協奏曲(Hob.7e-1)はハリー・ゼーフェンシュテルン(Harry Sevenstern, 1925-2007)の独奏、ベルンハルト・パウムガルトナー(Bernhard Paumgartner, 1887-1971)の指揮するウィーン交響楽団(Wiener Symphoniker)の伴奏による1961年10月の録音。ピアノ協奏曲(Hob-18-2)は、いわゆる「ハンガリー風ロンド付き」といわれるニ長調の作品で、イングリット・ヘブラー(Ingrid Haebler, 1929-)の独奏とシモン・ゴールドベルク(Simon Goldberg, 1909-1993)の指揮するオランダ室内管弦楽団(Netherland Chamber Orchestra)の伴奏による1960年7月の演奏。ヴァイオリン協奏曲(Hob.7a-1)は、フェリックス・アーヨ(Felix Ayo, 1933-)の独奏と、アーヨの率いるイ・ムジチ(I Musici)による1960年10月の演奏だ。

ゼーフェンシュテルンの独奏によるトランペット協奏曲が、いわゆる珍品。このシリーズでCD化されて以降、全くお目にかかっていない。このCD付属のブックレットでは、ゼーフェンシュテルンについて「名手」と言う以上の情報を書いてくれていないので、多少の補足が必要であろう。ヒルフェルサムだかハーグだかの出身で、ユトレヒト近郊ティーンホーフェンにて没したトランペット奏者。アムステルダム音楽院で専門教育を受けている。14歳でラジオ放送用にトランペット演奏を披露するようになり、15歳でトゥシンスキー劇場附属のオーケストラのトランペット奏者として就職しつつ、様々なジャンルの音楽を演奏して腕を磨いたようだ。第二次世界大戦中はアメリカ軍の軍事慰問に携わり、戦後はオランダ放送フィルハーモニー管弦楽団の首席トランペット奏者になった。ジャズやポップのアルバムによく参加しており、ジャズマンとして彼を知っている人もいるのではないだろうか。同名の息子もジャズ・トランペット奏者として有名で、両者の話をする時には、名前の後にシニア、ジュニアをつける。無論、これはシニアの演奏である。
ウィーン交響楽団を指揮するパウムガルトナーは、ウィーン出身の指揮者。ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮法の先生でもある。音楽学者としても著名であったが、音楽学的知見をストレートに演奏に反映させることには慎重だったらしい。
ゼーフェンシュテルンのトランペット演奏は、音色は明るいものの、あまり小回りが利かず、細かいパッセージではどうしても力んでしまう傾向がある。働き盛りの頃のモーリス・アンドレの独奏と比べられると分が悪かろう。しかし、不器用ながらに第二楽章では心を込めたカンタービレを聴かせようという所作も見られ、大きな吹き損じも見られないので、ある程度「名手」としての沽券は守っているといえる。
トランペット独奏は生硬な印象ではあったが、伴奏は円やかで上品。パリパリしたトランペットを優しく包む包容力と間合いの良さで、演奏全体の印象を底上げしている感がある。どっしりと構えつつ、重苦しくならない伴奏は、古楽器奏法が一般化する以前のこの曲の伴奏の模範型であろう。

ヘブラーが独奏を務めるピアノ協奏曲の演奏は、彼女が得意とするヴォルフガング・アマデウスモーツァルトの作品演奏の延長線上にあると思わせる仕上がり。大袈裟な表現を避けながら、微妙に音の粒の大きさを調整して、フレーズの一つ一つに生気を吹き込むのが名手の妙技。下手な演奏で聴くと、伴奏和音連打が煩わしくなるのだが、ヘブラーの演奏は、そういう喧しさがなく流麗。伴奏を指揮するゴールドベルクは、旧ロシア領のヴウォツワヴェク出身のヴァイオリニストで、1929年から1934年にユダヤ人としてナチス政権に追放されるまでベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターを務めていた人。指揮者としても有能な人で、1955年に本CDで指揮しているオランダ室内管弦楽団の創設者でもある。ここで聴かせる伴奏は、まるでヘブラーのピアノ演奏のエフェクトのように感じる瞬間もあるほどにぴったりと合っているが、単純に独奏に従属しているわけではない。ロマンティックなテンポの伸縮を退けつつ、アーティキュレーションをしっかりつけてヘブラーのピアノを刺激する。オランダ室内管弦楽団の反応は俊敏だが、奏でられる音は脆くない。

ヴァイオリン協奏曲は、アーヨが仕切っていた頃のイ・ムジチの演奏ということで、アーヨが独奏を務めたアントニオ・ヴィヴァルディ作品の録音と同じようなアプローチ。イ・ムジチの甘美で良く整ったアンサンブルとアーヨの艶やかな独奏に、凡そ20分間、聴き手はうっとりしっぱなしであろう。ただ、当方としては、マロン・グラッセを口いっぱいにほおばっているような気分になるので、他の演奏でこの曲を聴いてみたくもなる。